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SUBARUの歴史
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1997年11月
WRCでマニュファクチャラーズ3年連続世界チャンピオン獲得
- この時期の世相
- 大阪ドーム、ナゴヤドーム開業
「ジョホールバルの歓喜」日本代表がサッカーW杯本戦への出場を決める
東京湾アクアライン開通

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WRCで残した「走りのSUBARU」という強いイメージ
90年からレガシィで本格的にWRC(世界ラリー選手権)への参戦を開始したSUBARU。91年スウェーデンラリーで初めて表彰台に登ると、92年には同じくスウェーデンラリーでも2位に。そして93年、とうとうニュージーランドラリーで表彰台のトップに立ちます。93年後半から、レガシィに代わりインプレッサで参戦。
94年から本格的に参戦したインプレッサは、ベース車そのものがコンパクトなボディサイズであり、加えて空冷インタークーラー、ウォータースプレーを備えたハイスペックなエンジンを搭載しているなど、WRCに有利な素性を持っていました。インプレッサは、94年アクロポリスでの優勝を手初めに、目覚ましい実績を挙げ、95年、96年、97年と日本メーカー初のマニュファクチャラーズ3年連続世界チャンピオンを獲得。世界中のモータースポーツファンに、「走りのSUBARU」というイメージを強く残すこととなったのです。