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SUBARUの歴史

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1984年2月 ジャスティ発売

この時期の世相
オーストラリアからコアラ6頭が日本に初めて上陸。コアラブームが起きる
拡大するリッターカークラスに、「SUBARUらしさ」で挑む 当時、市場が拡大していたリッターカークラスにドミンゴに次ぐ第2弾のモデルとして投入した3ドア/5ドアの2ボックスセダン。「走り」と「機能」を徹底して追求、このクラス・カテゴリー初となる4WDモデルを設定し、SUBARUならではの個性を付加しました。ドミンゴ同様、リッターカークラス唯一の4輪独立サスペンションも採用し、優れた操縦性を実現しました。エンジンはドミンゴと同じ1000cc3気筒を搭載。85年には4WDに3バルブの1.2リッターモデルを追加、ハイパワー化を果たします。88年には内外装を大幅に変更すると同時にエンジンを1.2リッターに一本化、併せて4WDとECVTを初めて組み合わせ、イージードライブのニーズにも対応しました。ジャスティは、日本はもちろん、海外のお客様にも愛されつつ94年末で生産を終えましたが、2016年、コンパクトトールワゴンとして生まれ変わりました。
世界で初めて
電子制御CVTを搭載
現在では世界の小型車の主流となって久しい電子制御式CVT(無段変速機)の量産に世界で初めて成功したのはSUBARUでした。
1987年2月、ジャスティのFF車に電子制御式のCVT「ECVT」を搭載。2対のプーリーとスチールベルトを組み合わせた画期的なギヤレストランスミッションは、スムーズかつスポーティな走りと経済性を兼ね備え、カタログでは“スーパーオートマチック”と表現されていました。スバルECVTの優れた性能は世界的に評価され、国内外の1~1.3リッター車にも複数採用されたほどでした。ECVTはその後、i-CVTに進化し、プレオやステラにも搭載。コンパクトカーの限られた動力性能を引き出し、燃費も良いトランスミッションとしてクルマの歴史に大きな影響を与えたのでした。